「カーリングの100年とけない謎をとく」~曲がるストーンの不思議を解説~開催レポート

第5回立教サイエンスカフェ

2023/05/24

研究活動と教授陣

OVERVIEW

2023年3月8日、第5回立教サイエンスカフェ「カーリングの100年とけない謎をとく」を池袋キャンパスにて開催しました。カーリングのストーンを回転させながら投げると物理学的に不自然な方向に曲がる理由は、「世紀の謎」として100年近くも議論が続けられてきました。この謎を理学部の村田次郎教授が解明し、Springer-Nature社発行の『Scientific Reports』で発表。多くのメディアに注目されたこの研究成果について、立教サイエンスカフェでは村田教授自ら映像や実演を交えて解説しました。イベントの後半では、カーリング選手として研究に協力した本学学生を交えた座談会を実施。会場、オンライン合わせて約270人の参加者が耳を傾けました。

司会を務めた古澤輝由特任准教授(右)。サイエンスコミュニケーターとして、時おり参加者目線で質問を投げかけ、村田教授と参加者の橋渡し役を担った

第5回立教サイエンスカフェの司会を務めたのは本学理学部「共通教育推進室(SCOLA)」に所属し、サイエンスコミュニケーターとして幅広く活動する古澤輝由特任准教授。サイエンスカフェの意義や目的を説明するとともに「カフェのようにリラックスして楽しんでください」と呼びかけ、和やかな雰囲気でスタートしました。

※「サイエンスカフェ」とは、カフェのように気軽な雰囲気の中、科学の話題について語り合う双方向型のイベント。市民と研究者をつなぎ、科学と社会の関係を共に考えるサイエンスコミュニケーションの代表的な手法の一つです。学問分野を問わず本学教員や研究室、組織が主催者となる「立教サイエンスカフェ」は2016年に始まりました。研究内容・成果を社会へと開くと同時に、参加者同士が直接語り合える対話の場をつくることを目指しています。

第1部 カーリングの曲がる謎、とける!?

第1部では村田教授が登壇し、カーリングを巡る「世紀の謎」とその解明について解説。まず、村田教授がこの研究の概要や取り組んだ経緯について語りました。

テーブルの上でコップを反時計回りに回転させて前へ滑らせると、回転方向とは逆向きに摩擦力がかかり「右」へカーブします。一方、カーリングのリンクで同じようにストーンを投げると「左」へカーブするのです(図1)。回転する物体は、前方で強い摩擦力がかかる。その結果、回転方向とは反対向きに摩擦力がかかり、コップのように回転方向とは逆の方向に進んでいく、というのが物理学的に自然な現象だといいます。しかしカーリングのストーンは、これとは逆方向に進んでいき、この現象こそ100年近く解明に至らなかった「世紀の謎」とされています。

カーリング経験のない村田教授。この研究のためにストーンを購入したという

「ストーンが曲がる方向については、以前から周りの研究者や学生と『違和感がある』と話していましたが、明確に意識したのは4~5年前です。私は長野県に住んでいるのですが、そうした時にコロナ禍となり県外に移動しづらい状況になりました。時間はたっぷりあるので調べてみようと思い、一人で近場のカーリング場(国内の主要大会や国際大会も開催される軽井沢アイスパーク)に行って本格的な研究に取り組んだのです。私物のカメラと三脚を使って撮影し、それに本来の専門である素粒子物理学の実験用に開発した特許技術を応用して、ストーンの動きをミクロン単位で計測しました」(村田教授)

そうして撮影・解析した結果を、映像を見せながら解説するとともに、物理学の法則の数々や村田教授以前に提唱されてきた説を紹介しました。

ストーンが物理学的に不自然な方向に曲がる理由として、(1)速さが異なるストーンの右側と左側では摩擦力が違うためだとする「左右非対称説」、(2)ストーンの後ろ側の摩擦が強いためだとする「前後非対称説」、(3)石の底面の突起が氷に引っ掛かって振られる「旋回説」などが提唱されてきましたが、100年近く結論が出ないまま現在に至ったといいます。

そして、村田教授自らが投じた計122回のショットを精密に解析した結果、分かったことは2つありました。

「まず、ストーンを反時計回りに滑らせると、底にある『ランニング・バンド』というざらざらした面と、氷の表面の『ぺブル』という凸凹が石の左側で引っ掛かり、そこを支点に振り子のように旋回して左へ曲がっていました(図2)。ここまでは『旋回説』の通りです。では、なぜ左側で引っ掛かるのか。それは、ストーンの左右で速度差が生じる『左右非対称説』が関係しています。理論上は、摩擦力は速度と無関係だとされていますが、実測により『速度が遅いほど摩擦力が強くなる』ことを確認できました。よって、スピードが遅い左側の方が右側より摩擦力が強く、氷に引っ掛かりやすいのです(図3)」(村田教授)

物理学の法則の数々を解説する村田教授

つまり、これは(1)「左右非対称説」と(3)「旋回説」を合わせた現象であり、摩擦力と振り子運動の両方が関わっていると村田教授は結論付けました。

「非常にシンプルな結論ですが、長年謎が謎のままだった大きな理由は、やはり精密な観測データがなかったことと、曲がる理由を理論上の摩擦力だけに求めたことでしょう。科学の基本は『観察』であり、『頭の中で考えるだけではバイアスから抜け出せない』といういい事例だと思います」(村田教授)
村田教授は、日本人2番目にノーベル賞を受賞した朝永振一郎氏の言葉「科学の芽」(下記)を折に触れて引用しながら解説を進めました。

ふしぎだと思うこと これが科学の芽です
よく観察してたしかめ そして考えること これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける これが科学の花です


そして、これに村田教授オリジナルのフレーズを付け足し、サイエンスカフェの醍醐味を表現しました。

これを人に伝えてみんなで楽しむ これが科学の果実です

第2部 カーリングと科学。かたる。

座談会の様子

左から、園部日向子さん、村田次郎教授、荻原詠理さん

第2部では、現役のカーリング選手として村田教授の研究に協力する立教生、園部日向子さん(経済学部3年次・当時)、荻原詠理さん(コミュニティ福祉学部2年次・当時)を交えた座談会を実施。半年ほど前に村田教授と知り合い、研究内容に触れた時の思いを2人は次のように話しました。

「ストーンが曲がる理論を聞いてスッキリしました。これまで曲がる理由を説明できなかったのですが、先生から解説を受けて自分でも説明できるようになりました」(園部さん)

「自分の大学にカーリングに関する研究をしている先生がいると知って驚きました。ストーンを右に回せば右に曲がる、というのは選手の私にとって当たり前のことで疑問に思ったことはありませんでした。先生の研究内容を聞いて、どんな物事もエビデンスに基づいて起こっているのだと実感しました」(荻原さん)

座談会も和やかな雰囲気で行われた

村田教授と2人は現在、実際の競技に生かせる成果を得るための研究に取り組んでいます。「理論に基づいて仮説を立て、氷上でのプレ-を通して検証しています。仮説に沿った結果が出て『本当にこうなるんだ』と納得させられます」と荻原さん。

科学と競技の関連性について、「これまでカーリングは経験則に基づいてプレ-をすることが多かったのですが、最近ではAIなどの技術を活用してショット率や勝率を割り出すことも増えました」と園部さん。そして「村田さんは研究結果をどのように競技に使ってほしいと思いますか?」と質問しました。

「科学的な理論を最大限に取り入れてもいいし、『この部分は理論を抜きにして楽しむ』などでもいいと思います。大切なのは、選手たちが競技とどう向き合うかではないでしょうか」と村田教授。
最後に「2人にとって科学とはどのような存在か」と「今後の目標」を問いかけると2人は次のように答えました。

「科学というと理系のイメージで、私は文系学部なので苦手意識を持っていました。でも、カーリングをはじめ私たちの生活を取り巻くすべてのものが科学の対象になると知りました。カーリングという競技がより面白くなるように、村田さんとの研究成果を生かしていきたいと思います」(園部さん)

「『なぜそのような事象が起こるのか』ということに真摯に向き合い、さらなる高みを目指すのが科学だと感じました。競技者として、いろいろな視点を持ちながら専門的に、多角的に考えていけることを嬉しく思います。この研究を生かして、今後の競技力向上に努めていきたいです」(荻原さん)

プロフィール

村田 次郎

MURATA Jiro/理学部物理学科教授。京都大学大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻単位取得退学。博士(理学)。理化学研究所研究員等を経て、2003年立教大学着任、2012年より現職。専門は原子核・重力物理学。三次元を超える「余剰次元」や時間反転対称性の破れの探索実験のほか、実験技術の開発研究にも取り組む。

園部 日向子

SONOBE Hinako/経済学部会計ファイナンス学科3年次(当時)。6歳からカーリングをはじめ、現在はカーリングチーム「SC軽井沢クラブ」エリートアカデミーに所属。2023年2月、第16回全農日本ミックスダブルスカーリング選手権大会出場。立教初のカーリングサークル設立を目指し、体験会や競技大会の開催など精力的に活動を行う。

荻原 詠理

OGIHARA Eri/コミュニティ福祉学部スポーツウエルネス学科2年次(当時)。5歳からカーリングをはじめ、22年5月の「世界ジュニアカーリング選手権大会2022」では当時所属していた「SC軽井沢クラブジュニア」で優勝。カーリング日本代表のチームが世界一になるのは男女・世代別を通じて史上初の快挙。

古澤 輝由

FURUSAWA Kiyoshi/理学部共通教育推進室(SCOLA)特任准教授。サイエンスコミュニケーター。東京農工大学大学院農学研究科修了。高校の生物教師、日本科学未来館科学コミュニケーター、北海道大学科学技術コミュニケーション教育研究部門博士研究員などを経て2020年より現職。最近ではイグ・ノーベル賞に関する番組コメンテーターとしても活動。

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