働くことに目を向ければ、世界の仕組みの一端が見えてくる——全ての人に関係する“労働”をグローバルな視点から考え、より良い社会を

経済学部経済政策学科 首藤 若菜 教授

2017/01/17

研究活動と教授陣

OVERVIEW

朝起きて顔を洗う。ごはんを食べ、靴を履いて出掛け、電車に乗る。
スマートフォンに触れ、ニュースを読む。コンビニに寄って、おにぎりを買う……。
私たちの日々の生活の裏には、そこで働く「誰か」が関わっている。
首藤先生は、働く側に目を向ける。誰によって、いかなる労働が、どういった形で行われているのかを調べる。働く環境が少しでも良くなることを目指し、日々、研究している。

研究のスタンス

データだけに頼らない。徹底現場主義。

労働という人の営みを見つめる

首藤先生の研究は「労働経済論」。経済学という視点から「働くこと」、つまり労働を考える学問。中でも「女性労働」や「労働組合の活動」について積極的に取り上げている。

「私はもともと、男性ばかりの職場に女性が採用されることで生じる問題について研究していました。例えば自動車産業は、正社員に限っていえば、労働条件が比較的良く、雇用も安定しています。経験に応じてスキルが身に付き、賃金が上がっていく。そうした理由から、労使関係の研究においてはメインストリームとなってきました。そこに女性が入っていったときに、男性と同じように賃金を得たりスキルを身に付けたりすることができるのかを調べてきました」

基本的な研究方法は、労働現場に足を運び、そこで働く人々と会い、人事担当者や労働組合の見解を尋ねる。そうした地道な作業を積み重ね、現場でどういう問題が発生し、どのような対応が取られているかを明らかにしていく。首藤先生が大切にするのは「現場主義」。

「労働問題は、統計データから把握できることも多くあります。例えば、“賃金が何%上がり、失業率が何ポイント下落したか”など。就労者数、賃金額などは数量的に捉えられることが多くあるため、研究手法においても、数量的な分析が主流です。でも、労働はあくまでも“人の営み”です。数字に表れない事実もたくさんあります。労働の現場には、その問題に直面している人がいます。私は、直接そこに立ち、当事者の話を聞き、事実を検証していくことも大切だと考えています」

実際にある自動車メーカーの工場の生産ラインに入って働き、筋肉痛になりながら“同僚”たちのリアルな声を聞いたこともあるという。現場の労働者の言葉に耳を傾けて、「実際どうなのか」をあぶり出すところが、首藤流。

研究に具体的なゴールはない。大前提の問題意識としてあるのが、「働く人々の環境をより良くする」こと。これが少しでも前に進むことが、喜び、やりがいにつながるのだという。

「私たちは往々にして、自分の職場の風潮や、仕事の進め方、働き方は、“当たり前”で“やむを得ないもの”だと思っています。でも、実は他の職場は、全く異なっていたり、法律とは異なることが定められていたりする場合もあります。“違うやり方もあるかもしれない”“働き方って変えられるんだ”という意識を持ってほしくて、いろいろな場所でお話してきました。もちろん、職場の長時間労働などの問題は、いくつもの要素が絡み合って存在しているので、それを変えることは簡単ではありません。しかし、一歩ずつ改善をしていくことはできるはずです」

研究の概要

安心して働ける職場、納得できる仕事を作り出すために。

国際化している労使問題を追って

この数年取り組んできたテーマは「企業のグローバル化と労使関係」という問題だ。労使とは、文字どおり“雇われる側”と、“雇う側”のこと。この関係をめぐる問題が、いま、国をまたいで起こっているのだという。

「労働問題というと、例えば日本では長時間労働の問題や、非正規社員と正規社員の賃金格差などがよく取り沙汰されています。こうした問題を解決するには、政府による政策や、企業内労使の取り組みが重要だとされます。ですから、労働問題は、通常、一国内の話だと考えられがちですが、多くの労働問題は、実は、極めて国際的な問題でもあります」

企業の活動は、国際化している。

首藤先生いわく、企業は国境をたやすく越えて移動するが、労働者はたやすく越えることはできない。

「例えば日本の企業は、日本の工場を閉じて、中国や東南アジアに工場を作ることで、より人件費の安い労働者を雇うことができます。しかし、日本の労働者は、中国や東南アジアに工場ができたからといって、すぐにそこへ移住するわけにはいきません。各国は、移民の受け入れを制限していますし、仮に移ったところで生活基盤も賃金水準も文化も違います。
つまり、使用者と労働者は、移動範囲にズレがあります。このズレが、労働者の立場を弱めかねません。労使の関係の対等性を保つためにある制度や法律、仕組みは全て一国単位になっているためです。現実に、グローバル化の進行は、労使間のバランスを崩してきました。そこで私は、労使関係を一国単位からグローバル単位に拡張できないだろうか、と考えるようになりました」

もちろん、企業にとっては、労働者の賃金はできるだけ抑えたい。より安い労働力が見つかればそちらに乗り換えるほうが効率的だ。資本主義のルールにのっとれば、それは当然だろう。

「一方で、今、大手の多国籍企業でも、本国以外の国や地域で労使紛争が頻発したり、途上国の工場で人権侵害行為が告発されたりして、問題になることがあります。そうなると、企業のブランドイメージは大きく傷付きます」
首藤先生はそうした現状を踏まえ、国際的な労使関係の構築を進める先進的なケースを調べてきた。その一つが、ドイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲンである。

「フォルクスワーゲンでは、国外に新しい工場を作る際には、ドイツ本社の労働組合や従業員代表者が、現地の労働者に連絡を取り、彼らに労働組合結成の権利を伝え、“賃金決定に関わる権利がある”と教育したり、企業との交渉の仕方などをレクチャーしたりしています。現地で何か問題が発生すれば、すぐに本社の労働組合などが飛んで行ってアドバイスし、問題を持ち帰って本社の労使で話し合うこともあります」

では、日本の企業はどうなっているのか。

「日本の労働組合の特徴は“労使協調”と評されることがあり、労使が、目に見える形で対立することは珍しいです。ただ、使用者と組合は、密に協議をしていて、職場内の多種多様な制度に、労働側の意見をある程度反映してきました。日系企業では、そうした密な労使協議を海外の工場にも移転しようとしており、労働組合も、それに協力的に取り組んでいます」

研究で目指すこと

新しいスタンダードを伝える。

私たちが生きている社会は、世界とつながっている

「“グローバル人材の育成”は、昨今の流行りです。では、グローバル人材って、いったいどんな人でしょうか?語学ができて、海外の人たちとコミュニケーションをとれて、相手の文化や慣行を理解でき、さまざまな国籍の人と議論できる、といったイメージでしょうか。それらは確かに重要ですが、それだけではありません。
外資系企業で働いたり、海外を飛び回って仕事をしていたりしなくても、私たちは、グローバルな生活を送っているとも言えます。例えば、今朝、飲んだペットボトルのお茶や、おやつに食べたチョコレート、着ている洋服などが、どこで生産され、その生産に携わった人たちは誰なのかを考えてみてください。いまの時代、私たちの身の回りにある商品の多くが、海外で生産されていたり、原料が国外から持ち込まれたりしています。私たちは、消費者としても、そして同じ労働者としても、広い世界に目を向け、グローバルな視点から、自分の立ち位置を把握することが大切だと思います」

首藤先生の研究や講義は、学問という枠にとどまらず、私たちの日常生活と深く絡み合ったところにまで問い掛けてくる。

自分の手に取るモノが、誰のどんな働きによって生まれ、運ばれ、売られているのかに目を向け、そこに存在する問題を指摘する。首藤先生は、そうした研究成果を学会で発表し、論文や書籍にまとめてきた。時に多国籍企業の人事・労務担当者向けのセミナーに招かれて、世界のスタンダードを伝えることもある。
個々が納得できる働き方のために

「多くの人は、働き始めると、“聞いていた仕事と違う”、“賃金がなかなか上がらない”、“職場の人間関係がうまくいかない”など、種々の問題に直面します。そうした時に、労働者が不満や不平を表明できるかどうかが、重要です。
嫌な職場であれば、私たちは辞めることもできます。ところが、転職した先も同じ環境だったらどうしますか?また辞めて、次の職場を探すのでしょうか。時には我慢することももちろん必要でしょう。しかし、その我慢は、いつまで続くのでしょうか。労働者が、自分の考えや意見を述べ、自分たちの職場を、自分たちの手で、少しでも良くしていくことこそが、納得できる働き方を実現する道だろうと私は考えています」

プロフィール

PROFILE

首藤若菜/SHUTO Wakana

経済学部経済政策学科 教授
経済学研究科経済学専攻 教授

2001年日本女子大学大学院人間生活学研究科博士課程単位取得退学。2002年に同研究科より博士(学術)の学位取得。山形大学人文学部助教授、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス労使関係学部客員研究員、日本女子大学家政学部准教授を経て、2011年4月立教大学に着任。2018年4月より現職。専門は労使関係、女性労働。

主な著書
『グローバル化のなかの労使関係』ミネルヴァ書房、
『統合される男女の職場』勁草書房、2003年(第10回社会政策学会奨励賞受賞、平成18年度沖永賞受賞)。
「経営のグローバル化と労使関係——フォルクスワーゲン社の事例を手がかりに——」『日本労働研究雑誌』655号、102-109頁、2015年。
“Dynamics of Skill Transfer Procedures in the Electrical Industry: a comparative study in France and Japan”, Management International, Vol.18 No.4, pp.32-47, 2014. (with Emilie Lanciano)

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