2013/12/16 (MON)プレスリリース

「触れられる」と「見えづらく」なる?! −手に与えられた振動によって、視覚的な見えが阻害される−

キーワード:研究活動

OBJECTIVE.

わたしたちは普段、ものの見た目(白いコップ)と触り心地(温度)の両方の情報を何気なく用いて、対象の判断(白いコップは熱い/冷たい)をしています。このように、脳は視覚の情報と触覚の情報を自動的に足し合わせて用いる(促進効果)ことが報告されていました。それに対し、立教大学現代心理学部の日高聡太准教授と立教大学大学院現代心理学研究科博士後期課程の井手正和氏は、触覚情報がむしろ視覚情報を見えづらくする(抑制効果)ことを世界に先駆けて見いだしました。

この研究では、画面上に瞬間的に提示された図形と同時に、手の人差し指に振動を与えると、図形が見えづらくなることを発見しました。また、図形と手の空間的な位置(左右)が一致している場合や、また図形に対して手への振動の提示タイミングが少し遅れる場合に、効果が最もよく生じることも分かりました。

この研究成果は、異なった感覚器官からの情報を脳が統合するメカニズム(いわゆる異種感覚間統合メカニズム)に関する発見です。この研究成果によって、今後、脳における異種感覚統合メカニズムの解明や、異種感覚間統合を利用した感覚代行技術の開発を大幅に加速することができると考えられます。本研究成果は、英国のNature Publishing Groupが刊行するオンライン科学雑誌『Scientific Reports』に2013年12月13日(金)午後7時(日本時間)に掲載されました。

■概要
ヒトは、ものの見た目(白いコップ)と触り心地(温度)の両方の情報を無意識的に統合し、対象の判断(白いコップは熱い/冷たい)をしています。例えば、自分の手に物体が接触している場面を実際に見ている場面では、見ていない場面に比べ、物体の触り心地をより精密に判断できることが知られています。このように、脳は視覚の情報と触覚の情報を自動的に足し合わせて用いる(促進効果)ことが知られていました(図1左)。

それに対し、本研究では、触覚情報がむしろ視覚情報を見えづらくする(抑制効果)ことを明らかにしました(図1右)。実験では、8-10名の参加者に対して、画面上に縞模様をもつ図形を提示し、縞模様の向き(左斜め・右斜め)を判断させました。その結果、1.図形の提示と同時に手の人差し指に振動を与えた場合、振動を与えなかった場合よりも判断が低下する(図2)ことが分かりました。さらに、2.図形と手の空間的な位置(参加者の右側・左側)が対応している場合(図3)や、3.図形に対して手への振動の提示タイミングが少し遅れるとき(図4)に効果が最大になることが分かりました。

今回の成果は、異なった感覚器官からの情報を脳が統合するメカニズム(いわゆる異種感覚間統合メカニズム)に関する重要な発見です。例えば、自分のすぐ側で飛行機が飛び立つ場面では、飛行機から発生する騒音により、隣の人の話し声は良く聞こえません。このような知覚的な抑制効果は、これまで視覚なら視覚、聴覚なら聴覚というように、単一の感覚器官のみで生じると考えられてきました。しかし、今回の現象により、異なる感覚間であっても知覚的な抑制効果が生じることが初めて明らかとなりました。また、今回生じた触覚から視覚への抑制効果は、視覚—視覚間の抑制効果と、空間的・時間的な側面において似たような振る舞いを示しています。以上のことから、脳内では異なる感覚情報が密接に相互作用し、時には類似した、同一の入力として捉えられていると考えられます。この発見により、脳における異種感覚間統合メカニズムの研究が大幅に加速されるだけではなく、現在開発が進んでいる映画やアトラクション施設などの高臨場感を有したバーチャルリアリティ空間の創成において、複数の感覚器官に対する入力を利用して、よりリアルな環境を実現する高臨場感情報提示技術の開発に大きく貢献すると考えられる。また、例えば視覚機能が衰えてしまった高齢者の方や視覚障害の方に、触覚を利用して視覚を模擬する感覚代行システムの開発が可能になるなど、福祉分野への応用可能な技術として利用されることも期待されます。

■今後の予定
触覚によって、視覚的な見えが阻害されることが明らかとなりました。しかし、これがどのように脳内で実現されるかは明らかになっていません。今後は、神経生理学および神経解剖学的研究によって、脳内メカニズムを明らかにしたいと考えています。さらに、視覚と触覚だけではなく、様々な感覚情報の組み合わせについて同様の検討を行うことで、どのような感覚間で知覚的な抑制効果が生じるのかを網羅的に明らかにし、高臨場感情報提示技術の開発や感覚代行システムの開発等に寄与したいと考えています。

■論文情報
タイトル:Tactile stimulation can suppress visual perception
著者:Masakazu Ide and Souta Hidaka
誌名:Scientific Reports

図1 これまでの研究知見と本研究知見の違い
図2 (左)実験場面の模式図。参加者は画面を見ながら、手に振動が与えられた。
(右)実験の結果。視覚的な図形の明るさ(コントラスト)を操作し、縞模様の向きの判断確率が75%になる点を、判断に必要な最小限の明るさ(閾値)として算出した。手に振動が提示される場面で閾値が上昇した(コントラスト約3%,1 cd/m2程度)。
図3 (左)視覚的な図形と手への振動が空間的に一致・不一致の場面の模式図。
(右)実験の結果。視覚と触覚の入力が空間的に一致している場面で、抑制効果が見られた(正答率が約10%低下)。
図4 (左)視覚的な図形と手への振動との間の時間ずれに関する模式図。
(右)実験の結果。視覚に対して触覚の入力が時間的に少し遅れる場面で、抑制効果が最大となった(正答率として約5-8%の低下)。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金、

特別推進研究
実施期間:平成19~24年度
研究課題:「マルチモーダル感覚情報の時空間統合」(19001004)

若手研究(B) 
実施期間:平成25年度〜
研究課題:「異種感覚間で生じる知覚マスキング現象の生起メカニズムの解明」(25780446)

の助成に基づき行った研究です。

お問い合わせ

学校法人立教学院企画部広報課

TEL 03-3985-2202 E-mail:[email protected]

お使いのブラウザ「Internet Explorer」は閲覧推奨環境ではありません。
ウェブサイトが正しく表示されない、動作しない等の現象が起こる場合がありますのであらかじめご了承ください。
ChromeまたはEdgeブラウザのご利用をおすすめいたします。